丸亀市猪熊弦一郎現代美術館(MIMOCA)では9月5日(日)まで展覧会「猪熊弦一郎展 いのくまさんとニューヨーク散歩/FEELIN’ GROOVY! Walk Around New York with Genichiro Inokuma」を開催中です。この展覧会の「編集長」の岡本仁さんと、「副編集長」の元ニューヨーカーの河内タカさんのコラム後編では、今回の展覧会の特徴や「編集方針」などについて伺いました。
撮影/来田 猛
ーいのくまさんを通して見るリアルなニューヨーク
河内
猪熊さんの手記には現実的なニューヨークというか、昔の古き良き理想像ではなく、結構リアリティーがあるニューヨークの姿が描かれているんですね。そして猪熊さんはずっと年上の人だと思っていたんですが、ぼくが当時の猪熊さんの年齢に追いついちゃったことに気づき、もし今のぼくが当時のニューヨークに住んでいたらどう思うか、展示を通して素直にそれを感じられたら面白いかなと思って今回の展覧会を考えました。
岡本さんが提案した「アトリエから見える世界」の章は本当に日常の世界で、多分今も昔と変わらない風景があると思うんです。そういう今的というか、本当に猪熊さんがリアルに生きたニューヨークの感じを出せたのがよかったと思います。
岡本
住んだことのない街に行って、結局20年も暮らして、そういう人が見たニューヨークが全然古びた感じがしないのはなんなんだろう、と。いのくまさんや、いのくまさんの作品が好きというところを離れて、ニューヨークという街に興味を持ってもらうのもアリですね。展覧会を見た人がそれぞれに面白さを感じて、掘り下げてくれたら。ニューヨークという街が持っている魅力でもあると思います。そしてそのニューヨークはいのくまさんの目を通して見たニューヨークだから、いのくまさんというフィルターはかかるじゃないですか。だからそれで全然いいと思う。
ーFEELIN' GROOVY!ないのくまさん
岡本
展覧会の英語タイトルをサイモンとガーファンクルの曲「The 59th Street Bridge Song (Feeling' Groovy)」から取ったのはすごくよかったと思います。もともとぼくもタカさんも大好きな曲だったし、ぼくが初めてニューヨークに行った時も地下鉄で近くまで行って、「あ、あの橋は本当にあるんだ」と思ったら頭の中で曲が流れて。歌われている歌詞の軽さもよくて、「いいじゃんそんなに深く考えなくても、人生って素敵だし」っていうメッセージがいのくまさんの人生観と似ているなあって。
河内
猪熊さんがニューヨークに行く前の戦後すぐでみんなの気分がどん底だった頃、猪熊さん夫妻はサロンというか、ダンスを教えたり料理を振舞ったりしていました。一番暗い時期なのに前向きなことができるんですね。そこが彼の肝というかエネルギーになっている気がして、ニューヨークでも自分たちのアパートをみんなが集える場所にしていて、イームズもロスコも誰が来てもウェルカムで。アジア人であるぼくらにはなかなか難しいことなのに、それを普通にやれていたというのは面白い人たちだったんだなあと。友達になりたいじゃないですか、そういうポジティブなエネルギーを持っている人とは(笑)。そういった楽しく前向きなグルーヴ感もタイトルに込められたといっていいかもしれません。
ー説明をしすぎない展覧会という「編集方針」
岡本
ぼくは長いこと雑誌を作っていて、自分は悪いとは思っていないんですけど、多分世間的には悪いところだろうなと思うのは、説明をあんまりしないところですね。そこから先の見方は読んだ人が考えればいいじゃんって思うんです。
今回の展示に関しても、タカさんがこぼれ落ちるものを全部拾ってくれていますが、展示を見て、やっぱり説明が足りないと感じる人もいると思います。でもぼくとしては来て体験したことがきっかけになってそこから先は自分で考えて楽しんでくれればと考えています。
例えば展示してある犬の看板にしても、何なのか説明はありません。でもこれって何だろう、分からないけど楽しそう、知りたいからちょっと調べてみようと思ったことこそが、その人に身に付くと思うんです。分からないからつまらないってなるのではなく、分からないから面白いって感じて欲しいという思いもあるんですよね。
河内
展覧会はリアルの場がまず柱としてあるのは当然ですけれども、今回作ったタブロイドは、言うならば紙の上の展覧会みたいなものだと思っています。それぞれの人がリアルの場での体験と、タブロイドに集約したいろんな情報を重ね合わせることで、それぞれが自分なりの答えが紡ぎ出せる展覧会を作ることに挑戦しました。
猪熊さんは写真や手記がたくさん残っていて、先ほども言ったとおり、他のアーティストたちと日常的な交流がありました。会場ではあまり触れていないそんな交流をタブロイドに事実として書いただけですが、日本人の社交的で面白い夫婦が50年代〜70年代のニューヨークに暮らしながら、いろんなところに顔を出し、そして日々の創作活動を行なっていたという驚きを共有してもらえるはずです。
ぼくにとっても初めての試みでしたが、タブロイドを読むことで色々な手がかりが増えて、間違いなくこの展覧会の見え方がガラッと変わるはずですし、こんなやり方もあるということをぼくらのような編集者が入ることで実現できたかなって思います。
今回のタブロイド誌
岡本
物事にはいくつかレイヤーがあって、複数のレイヤーを知るとまた別の新しい意味が立ち上がってくる、ということは意識しますね。今回の展覧会でもそういうことができる刷物を作りたいというのがまずは大きかったような、ぼくにとってはね。みなさんがどう感じて楽しんでくれるかは分かりませんが(笑)。
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