来年の秋に美術館は開館10周年を迎えます。この間、猪熊を紹介するべく美術館ではさまざまな方法や切り口で展覧会を開催してきました。開館記念展(91年11月23日〜92年3月31日)は猪熊自らが作品選定をし、展示指導を行いました。当時88歳だった猪熊が館内を指導してまわる姿を今でもよく記憶しています。その後猪熊弦一郎卆寿記念展(92年11月23日〜93年3月28日)、表紙絵展(93年7月4日〜8月29日)、妻の肖像展(96年1月3日〜2月25日)、小磯良平、佐藤忠良、イサム・ノグチ、荻須高徳それぞれとの2人展、そして最近は巴里時代に的を絞ったGUEN
in Paris 1938-1940(2000年1月15日〜5月14日)など猪熊の70年にわたる長い画業を様々な側面からご紹介して参りましたがまだまだ紹介しきれない作品が収蔵庫に眠っています。それらに日の目を当てることが私たちの仕事でもあります。来年の10周年記念には今までとは少しイメージの違う猪熊像をご覧いただこうと現在準備をしております。題して「開館10周年記念
猪熊弦一郎の仕事展」です。
さて皆様は東京、上野駅の中央コンコースに壁画が掲げられているのをご存知でしょうか?ここはかつて北の玄関口として東北への重要な拠点だったそうです。縦6メートル、横27.2メートルの巨大な壁画が姿を現したのは戦後間も無い昭和26年(1951年)でした。もちろん作者は猪熊弦一郎です。今度機会があればごらんください。 |
東京、上野駅中央コンコースの壁画 「自由」 |
仕事展では公共の場にある壁画や緞帳、ポスター、本の装丁画など猪熊の多岐に渡る作品をご紹介します。中には『へぇー、これが猪熊の作品だったのか。』と感心されるものもあると自負しています。
収蔵庫には作品だけでなく猪熊弦一郎に関する資料もたくさん保管されています。本、雑誌、手紙、新聞や切り抜きなど膨大な数にのぼります。これらを確認しながら分類、整理して行く訳ですがそこではさまざまな発見があります。その中でも最近特に印象に残った出来事をお話します。それは一枚の新聞の切り抜きから始まりました。猪熊がある映画のポスターを描いたという記事が出て来たのです。その監督は世界的に評価の高い方で、もし本当なら猪熊の仕事に新たなページが加わることになります。ですがそのような作品は見たことがなく、この段階で知っているものは誰もいませんでした。新聞には写真も載っていて、美術館にはポスターの下描きらしい小さな作品が残されています。実際に実現した話かどうかも全く分からず、悲しいかな新聞名と日付けが切り取られていていつ頃の記事かも分かりかねたのです。ここからの調査の展開を順を追って書きます。
題名、監督名 |
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封切り年 |
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映画会社に問い合わせをし、ポスターの有無の確認 |
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そこでマイクロフィルムで保存のみの回答
(でも、あった!) |
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現物はないのか何箇所かへ問い合わせ |
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プロダクションへ確認 |
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プロダクションではポスターを所有していないが、
持っている人を知っている |
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その方に電話する |
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所有している
(あった!!) |
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来年の展覧会に出品させて頂けないかと依頼 |
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了承を得る |
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ポスターの絵を送っていただく |
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新聞の絵と違う!? |
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所有者の方から新聞に載っていた図柄はポスターでなく、
プレスシート(マスコミ、報道関係に配る宣伝材料)ではないか、
という情報をいただく |
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プレスシートだということが分かる |
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現在に至る |
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そしてありがたい事に所有されておられる方から様々な情報を頂戴していますので作品数は少ないのですが当初予定していたものより、かなり充実した展示ができそうです。今後もこのようなケースがでてくるかも知れませんが、この展覧会の準備をしていて感じる事は、猪熊の作品が知らないうちにいろいろな人々につながっているという事です。このポスターのように50年近く経っても大切にされている方がおられるということは嬉しい限りです。芸術の素晴らしさとは何かを再考させられる出来事でした。
問題の作品名、監督名についてはもちろん今は秘密です。どうぞ来年の秋を楽しみにしていてください。 |