MIMOCA NEWS 008


 
第8回 修復について
 
私たちの修復研究所が修復を行った猪熊弦一郎画伯の作品は丸亀市猪熊弦一郎現代美
術館所蔵作品はもとより、他の美術館所蔵の作品や、大学の学生食堂の壁画、上野駅舎
内の壁画です。これらの作品は画伯の長い制作活動のさまざまな時期の作品で、作風、大
きさ、材料などもいろいろですが、ほとんどの作品の修復理由は、保管上の問題や、外的要
因による損傷が主だったものでした。それは何かがぶつかったりした為に起こる突傷、破れ、
絵具の剥落や、水がかかったり長時間、湿気の影響を受けて起こるキャンバスの腐食や板
の剥離、亀裂、絵具層の浮き上がり、過去に行われた修復が原因となった損傷などです。恐
らく、以前、作品を移動させたり、アトリエに保管されていた時に起きた損傷でしょう。今回は、
これらの損傷がどのように修復されるのか、僅かな例ですが簡単に紹介してみましょう。


例えば、キャンバスが何かで突かれて破れ、
その一部が欠損してしまい、絵具も剥落してい
る場合です。

1. キャンヴァスが破れて大きな穴が開いている
まず破れたキャンバスの麻布の繊維を整え、
布の欠損した部分には別の麻布片をはめ込
みます。そして破れた部分と補った布片を、
糸の撚りをもどした麻の繊維と膠水で裏面か
ら接着をしてかけはぎをします。

2. 穴をかけはぎし、後ろから見た部分
次に当該部分の画面側に、炭酸カルシウム
の粉末と接着剤を練った充填剤を詰め、メス
などで削りながら周辺の絵具の筆触に合わ
せて整形します。

3. 再び表面から、充填し終えた部分
次に充填した箇所に、色をさして補彩と呼ぶ
作業をします。
この時に使用する絵具は、将来必要に応じて
簡単に除去することができ、長期間、変色をし
ない合成樹脂の絵具を用います。油絵だから
といって油絵具を用いることはしません。

4. 充填した部分に色をさしたところ(補彩)




5. 両面の両側が腐食して木枠が覗いている
水を被ったり長期間湿気にさらされ、
キャンバスの大きな部分が腐食して
欠損してしまった場合もあります。

6. 木枠を外した裏側

7. 別の麻布を補強のために接着する(裏打ち)
このような場合は、まず欠損部分を
整えた後、裏にもう一枚、新しい麻
布を接着する裏打ちという方法を用
いる場合もあります。

8. 充填し補彩を終えたところ
この時に使用する接着剤も、低い温
度をかけただけで簡単に布を剥がせ
るものです。絵具の欠損の充填には、
この例の場合は欠損部分が大きい為
少し柔軟性があり固着もよいワックス
を使用しました。そして最後に補彩を
します。



画面にひどく汚れが付着していたり、画面保護用
のワニスが黄変したり、以前の修復時に塗られて
しまった加筆のため、画面が見にくくなっているこ
ともあります。この時には絵具の強さなどを調査し
た後、絵具を溶かさない薬品を使って洗浄をしま
す。綿棒などを使って少しずつ、絵具層の安全を
確かめながら作業を進めます。

9. 空の明るくなっているところが洗浄を行った部分


絵具層が浮き上がってしまうこともあります。理由は様々ですが、絵具層の固着が悪くなって
しまうのが原因です。この場合は膠や合成樹脂などの接着剤を絵具層の下に注入し、低い
温度のこてなどを用いて接着します。表面に付いた接着剤は、残さないようにふき取ります。

ここで紹介できる例はほんの一部ですが、修復に使用される材料や方法は、作品の状態や
損傷の状況によってみな違います。その為、修復前には必ず、写真撮影、状態の細かいチェ
ック、耐溶剤テストなど綿密な調査を行います。そして修復後には修復前後の写真と共に修
復前の状況と修復に使用した材料などを記録した修復報告書が作成され、作品と共に保管
されます。

伊藤 由美 [絵画修復家/2003年3月末日まで(有)修復研究所21に勤務]


☆ コーナー名の"Cats in the Storage"とは『収蔵庫の猫たち』という意味です。
猪熊弦一郎の愛して止まなかった猫にちなんで名づけました。



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