MIMOCA NEWS 009


 
第9回 猪熊弦一郎の思い出
 
美術館が開館したのは1991年11月。猪熊は作品の寄贈、ロゴマークから家具の選
択まで積極的な協力を惜しみませんでした。今回は当時、美術館職員として猪熊と
直接接した3人の方々に集まっていただき、猪熊との思い出について語っていただ
きました。

司会 初めて出会ったときの印象を教えて下さい。
S 1989年9月です。埼玉県のみなと工房さんに紙作品数百点の額装を頼んでい
て引き取りに行きました。そこで出会ったのが最初です。ふいにご老人が現れ
て「猪熊です」と挨拶されて緊張しました。小柄な方というのがそのときの印象
です。
O 1990年の3月です。猪熊先生のアトリエに行きましたが、意欲的で元気な方とい
う印象を受けました。美術館に対する思いが強かったからそんな話が多く次か
ら次へと話が途切れませんでした。その中でも一番印象に残っていたのは生き
ているうちに美術館ができるから自分も参加できると喜ばれていたこと。「実際
にサインとか備品とかも自分が選ぶことができる。自分の意志が反映できる」と
おっしゃっていました。それから美術館が駅前にできるということ、お城の中で
はなく街のまん中に建てると聞いたときに自分の理想と一致したと思い、作品
や資料をすべて寄贈する気持ちになったと聞きました。
M 1991年です。エレガントで精力的でお若いというのが印象でした。開館前には
作品を前にお話をして下さる機会がありました。広い展示室を歩き回りながらだ
ったのですが、エネルギーがすごかったです。あのとき88才でしたが、精力的に
歩き回られるパワーを感じました。美術館では緊張感もあったと思いますが、常
にしゃきっとされていました。
司会 アトリエに行かれた時の話などはありますか?
O 生き物を大切にされる方でした。話の途中でも山鳩に餌をあげる時間だとおっし
ゃって席を外されることがありました。ハワイから贈られてきた花に偶然何かの
幼虫がついていたらしいのですが、それもどんな虫になるだろうと大切に育て
てらっしゃいました。
M 個人的に持っていたイメージは洋風だったのですが、お茶の時に出してくださっ
た食器が和物だったのが意外でした。柄もない釉がかかっていないシンプルな
土ものも多かったですね。
司会 作品が美術館に来ることになって、引き取りに行ったときの出来事が印象的だ
ったと伺いましたが。
O こちらに絵が運ばれることになり、アトリエで先生が一点一点じっと見て確認し
て「いいですよ」とおっしゃったものが美術館に入りました。来ることになってい
たものでも思い出にあるものは「これはやめておきましょう」とおっしゃって残さ
れるものがありました。ほとんどは奥様関係のものでしたね。
司会 奥様へ思いが強かったのですね。
O そうですね。他の作品についても最後のお別れといった感じで、じぃっと見てら
っしゃいました。
司会 開館時の展示も猪熊先生がされたと伺いましたが。
O 作品に対する考えもあったけれど、空間を飾るということを大変気にされていた
と思います。普通なら年代順に飾るのが一般的ですが、先生の場合は違って
いました。全体の空間をどのようにするかということをお考えでした。
M 美術館全体を一つと考えてその中にどのように自分の絵を飾るかということを
考えてらっしゃいました。完璧な展示でしたね。その時はそんなに思わなかった
のですが、後になるとあのような展示は誰もできないと実感するようになりまし
た。
O 開館にあわせて制作された作品《手の残した言葉》はこちらで組んだのですが
あの作品は「私の集大成だ」とおっしゃっていました。丸も幾何学的なものも、
顔も入って丸亀のマークまで入っていました。小さいアトリエではばらばらだっ
たのが、ここで初めて組んだらここの空間にぴたっと決まっていました。また、イ
サム・ノグチ展の作品はご自分で選ばれたのですが、展示もされました。ただ
単に彫刻を置くのではなく、壁に色の帯をつけた。あれは他の誰にもできない
展示でしたね。
M 空間に対するセンスは抜群でしたね。
司会 印象に残った言葉とかできごとはありますか?
S 丸亀にいらっしゃるときには空港までお迎えに行ったのですが、いつも助手席
に座ってらっしゃいましたね。とにかく景色を見たかったのでしょう。飯山町にあ
るサイロがとても気に入った様子で、持って帰りたいとおっしゃっていたのが印
象に残っています。
司会 普通は後ろに座られるものですよね。
S ご自分からさっさと助手席に座られました。あまりそういう順列は気にされなか
ったですね。
司会 子どもがお好きだったということを伺っていますが、子ども達に対しての思い出
はありますか?
O 丸亀市名誉市民証授与式のとき、たまたま子ども達が周りにいて、いざ写真を
撮るとき、猪熊先生はその子ども達もおいでおいでと呼んで一緒に撮ったこと
があります。
M 開館のとき、「猪熊先生をかこう!」というワークショップがありました。造形スタジ
オで子ども達への説明のあと、注意事項をはり紙にしてはどうですかと提案す
るときっぱりと断られました。無駄なはり紙はしないという美意識がはっきりして
いました。いつもとても優しい方だったのですが、そのような場面でも自分の美
意識ははっきり持っていらっしゃる、本当は厳しい方なんだなと思いました。
O そのとき、先生が選んだのはいわゆる学校でうまい子ではありませんでした。
バランスがいいとか上手に描かれているのではなく、インパクトの強い作品、
個性的な作品が選ばれました。
M 「先生はじっとしていないよ」とおっしゃって、先生はモデルなのにあっちへ行
ったりこっちへ行ったり動き回っておられました。
O そう言えばご自宅にも軽井沢での子どもの絵が家に飾っていました。
M こうして話していると、当時の場面が目に浮かびます。

・・・3人の思い出話からは猪熊の内面的な部分に少しだけですが触れることができ
そして常識にとらわれない自由な発想が作品の原動力となったに違いないというこ
とを改めて実感することができました。
☆ コーナー名の"Cats in the Storage"とは『収蔵庫の猫たち』という意味です。
猪熊弦一郎の愛して止まなかった猫にちなんで名づけました。



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